2006年02月28日

大学卒業の頃(1)

昨日はダイアリー(歳時記)、という歌のことを書いたけど、とりあえず大学卒業の時点はこんな浮いた話はなかった。

いつかの日記をもう一度引っ張り出してみる。
当時すっかりドラマの主人公のような気持ちで書いていたのを思い出した。
(名前等は一部省略しています。)
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1994年3月25日・26日 東京最後の日

(前半は卒業式やその後の追い出しコンパのことが書いてある。)

結局11時過ぎまで「マイアミ」でコーヒーを飲んでいた。
家に帰ってすぐに荷造り、といきたかったが、何だか明日ここを後にするのがあまりにも名残惜しくて、ずっとJ-WAVEをかけていた。

ロバート・ハリスが今度番組で作る映画の話をしていた。『スティル・ライフ』のオープニングの頃から片づけを始め、その後就寝。
2時間ほどだったがすっきりとした。すでに空は明るくなっている。

朝9時半に定期演奏会のプレゼントの入っていた紙袋にコーヒー豆や砂糖、紅茶の葉や余ったウイスキーを入れ、「○○(バイト先の寿司屋)」に持って行った。
店長は素直に喜んでくれるので嬉しい。
「昼また焼きそばを作ってやるから遊びに来いよ。」と言っていた。

(略)

昼食はイワシやマグロの入った特製焼きそばを店で食べ、寿司も少し握ってもらった。
引越し屋さんが2時〜4時の間にくる、ということで寒い部屋で置いて行く予定の壊れたラジカセでFMを聞いていた。
積み込みは3時50分から30分ほどで終わった。荷物が多いとはいえ学生の引越しだな、と思った。

6時に後輩と新宿アルプス広場で待ち合わせをすることになっていた。
「○○(バイト先)」にあいさつに行くと店長が餞別に助六を握っていてくれて、あともらった袋にはウーロン茶とお菓子も入っていた。
○○さん(パートのおばちゃん)と新人の子もいた。

新宿駅に割と早目に着くと、後輩4人が順番に来た。
東京駅で軽食をすませ、ホームにあがると7時20分発の「あさかぜ3号」がすでに入ってきていた。
車内のベッドに荷物を置いて、扉の前でみんなにお礼を言ってから、少し窓越しに手で合図を送ったりして遊んでいた。
ドアが閉まり、少しずつ列車が動き始めた。

1号車なので追いかけてきた後輩の姿はすぐに見えなくなった。
流れていく東京の夜景を眺めながら思い出30%、いろいろな後悔や自分の甘さ70%で涙があふれてとまらなかった。

列車はゆっくりと多摩川の鉄橋を渡っていた。
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(その後、さだまさしの「駅舎(えき)」の歌詞がフルコーラス書いてある。(またさだまさしか!))

この日記はまだまだ続きます。
posted by ぜごん at 22:48| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 回顧録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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