2006年03月01日

大学卒業の頃(2)

昨日の日記は夜行列車の車内へと場面を変えている。
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1994年3月26日夜 夜汽車に揺られながら

あさかぜ3号は速度を早めながら広島へ向かっていた。
涙も引いた頃、下のベッドに座っている僕の足元にスリッパを投げてくれた人がいた。

40代後半から50代前半といったところで、ところどころ白髪が混じっている。
僕が「どこまで行かれるんですか?」と訊くと、「小郡まで。」と言った。

出張を兼ねての旅行だそうだ。僕も同じようなことを聞かれたので昨日卒業式が終わったばかりだと言った。
その人は「卒業式かぁ。僕らの頃も大体25日だったなあ。最も学園紛争で式自体なくてさ。・・・いや、僕もC大でね。」とさりげなく言った。

その人の卒業した昭和42、3年頃は紛争が激しく、卒業式の日に大学の事務室に行って卒業証書をもらってくるだけだったという。
「今、大学きれいになってるだろう。この間久しぶりに行ってみてね。(中略)うちの坊主もこの前C大受けたんだけど受かんなくてさ。」

こんな話題から始まって僕の就職の話、それから引っ越しの話、彼の仕事の話、家族の話にまで発展した。

「引越しは僕もよくやったよ。本、特に全集ものが捨てられなくてさ。」
「僕?僕は港湾関係の仕事。港でコンテナの積み込みの手続きの書類を作ったりしてる。」
「あの頃は海運がまだ調子よくてね。僕も海外に行きたくてその会社に入ったんだけど、ふたを開けてみたらずっと海辺の仕事でね。で、やめる勇気もなくてずっと総務畑を歩んできたんだよ。」
「子どもは男の子が3人。上の子は長男で君みたいにおとなしくてね、何考えてるんだかちょっと分からない。2番目が結構努力家でね。下の子が今、中学一年だから完全に親元から離れるまで順調に行っても後10年、大変だ。気が遠くなるよ。」

そんなことを話しているうちに、車内の電灯が切れた。

(つづく)
posted by ぜごん at 22:09| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 回顧録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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