2006年07月11日

二十歳の頃・1992夏。

部屋を片付けていて、どうしても置くところがないので何気なく父の書庫に行ってみると、二十歳の頃、友人4人で中国へ旅した時、いつも持ち歩いていたメモ帳が出てきた。

この旅行のことは度々ここでも触れたが、記憶によるばかりで、こういった書き置きを見たのは本当に久しぶりだ。こんなところにあるとは思わなかった。

改めて読んで見ると当時の雰囲気がありありと伝わってくるので、書かれたことを元に振り返ってみることにする。
_________________

1992年7月30日〜出発〜

友人とは上野駅で待ち合わせをしていた。
JRの駅を降り、公園にたむろしているイラン人(当時はいっぱいいた)を見ながら、西郷さんの銅像の横にある階段を地下に下ると京成上野駅がある。

成田に到着。イラン航空801便[未定]と出ている。係員の人に聞くと「まだ着いていない」とのこと。

その後、見送りゲートに行くとイラン航空が見えた。

午後2時35分[明日出航]の文字が!3時半まで待たされて、結局フラップの故障で今日は飛べない、と言われ、ホテルの手配を受ける。
ホテルは「ホリデイ・イン東武成田」
http://www.holidayinntobunarita.com/

ホテルまでのバスは女性、子ども連れ(赤ちゃん連れと言っていた)の人が優先だった。

TBSドラマ「ホテル」に出てきたようなホテル。夕食、朝食が付いた。食堂の外は日本庭園、隣は室内プール。

部屋のテレビはCNNや千葉テレビ、衛星放送なども入る。

風呂は床が低い!シャワーの出がよい。

信号を渡り、高速を横切る橋を渡るとファミリーマート。

飛行機に乗り込む予定だったイラン人も買い物に来ていた。
________________

以上、初日に飛行機のトラブルがあり、近くのホテルを紹介されたことまでが書いてある。
なぜイラン航空なのか。それは単に航空券が安かったからだ。

あえてメモ書きのまま載せたが、ほぼ8割以上忘れていたことがよみがえって来た。

ここから2週間にわたる異文化体験が始まるのである。(つづく)
posted by ぜごん at 18:24| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 回顧録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/20579129

この記事へのトラックバック