2006年07月12日

二十歳の頃・1992年夏(その2)

1992年7月30日出発の予定が31日になった。
僕と、愛知県出身の友人、山口県出身の友人、マレーシアのジョホールというところから大学に来ていた留学生の4人編成である。

マレーシアの留学生は華僑の息子で、母国語のほか北京語もしゃべれる。
今回の旅行の力強い味方である。

まずメモ帳にある行程を書き写してみる。
途中までしか書いてないので全ては分からない。
最後の二日は全く記憶がない。

7月31日 天安門広場
8月 1日 万里の長城、明十三陵
8月 2日 康西草原
8月 3日 北京→大同 移動日
8月 4日 雲崗石窟、懸空寺 大同発
8月 5日 早朝北京着。天壇公園、雍和園
8月 6日 故宮博物院
8月 7日 景山公園、北海公園 
8月 8日 休息日
8月 9日 中日友好病院
8月10日 頤和園、臥佛寺、香山公園、北京動物園
8月11日 記録なし
8月12日 記録なし
8月13日 早朝、再びイラン航空にて成田へ→バスで羽田空港。
       そのまま広島へ帰省。

後半、みんな体調を崩して、休んだり病院に行ったりしている。
そんな中で同行の留学生一人がピンピンしていた。

顔立ちなどは僕らと全く同じなのに、微妙に違うようだ。
(ちなみに彼は味噌汁は全く飲めないと言っていた。)

明日以降はメモをもとにその一個一個を掘り下げていきます。
(つづく)
posted by ぜごん at 18:54| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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