2006年07月17日

二十歳の頃・1992年夏(その4)

タクシー(空港−市内) 30元
ホテル(2泊)150元
地下鉄 5角×2
夕食 8元
傘 17元
地図 2元
ミネラルウオーター(冷えたもの)3.5元

・空港に降り立つと、燃料のような匂いが漂っていた。
 地下鉄のホームも同じような匂いがする。
・市内までのタクシー内から見た風景。自転車に乗っている人が多い。
 車とスレスレのところを走っている。
 パンツ一枚で歩いている人がいた。
 街なかでのスイカ売りに人が群がっていた。
 高い建物が見えてくる。C(留学生)が「シンガポールに良く似ている」と言った。
 約一時間でホテルに到着。
・ホテルから出て、天安門へ向かう。地下鉄南(  )駅まで歩き、そこから1つ目の駅で環状線に乗り換える。
 長いトンネルが続く。前門駅までは駅が( )つ。(所々字が抜けている。)
・駅を出ると、ものもらいの親子に二度三度と腕をつかまれる。
 振り払って行ったが、別に悪いことをしたわけでもないのに何か後味悪い。
_________________________

1992年7月31日。
北京に到着後、ホテルに荷物を下ろし、天安門に行くまでのメモである。
初めて見るアジアの国。

近寄ってきた乞食の親子。
学校では社会主義国では失業者は出ないんだと教わっていた。
それも、日本で見たことのない、女性や子供だった。
衣服や腕は汚れて真っ黒だった。
テレビなどでは写らない、生の中国がそこにあった。

ここで感じた驚きはまだまだ序章に過ぎなかった。
(つづく)
posted by ぜごん at 21:45| 広島 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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