2005年07月13日

極私的しまなみ案内〜瀬戸田編

今日の新聞に瀬戸田町長の当選の記事が出ていた。
瀬戸田町は来年1月の尾道市編入に向けて、詰めの協議が行われている。

瀬戸田といえば、元町長の和氣氏に観光振興についてお話を聞きに行ったことがある。

(以下は職場関係の機関誌に執筆、掲載したものを加筆修正したものです。)

和氣氏はしまなみ海道開通を前に瀬戸田町を一大観光地に仕立て上げた功労者である。
昭和50年に町長就任。その後、昭和53年をピークに観光客が減り始める。
そのころ観光客に取ったアンケートによると、耕三寺以外を目的に来た人が25%しかいなかった。
この頃から町の第1・2次産業にもかげりが見え始めたことから、新たな観光地の模索に乗り出したのである。

それこそ当時はリゾートブームの時代、大型開発への道もあったものの、瀬戸内海の最大の魅力である多島美の風景を損なうことはこの島にはなじまない、また、幸い瀬戸田町というと日本画家・平山郁夫氏が少年時代の感性を育んだところ、ということで文化をテーマとした新しい魅力作りに乗り出したのである。

その思いから昭和61年、有名なベルカントホールは完成した。

町長の理念は”徹底して一流を演出すること”。通常市町村に多い多目的ホールとは違う、完全な音楽専用ホールとしたため、費用が予定よりも5割も高くなってしまった。しかし町長の思いは実って、現在では来日した外国人の音楽家が日本で演奏したいホールのベスト5に数えられるようになり、国内の有名な演奏家の間でも、「広島でやるならベル・カントで」そう言われるほどになったという。

「ベルカント」とはイタリア語で「よく響く美しい声」と言う意味とのこと。和氣氏の案内でホールの中を見せてもらった。客席に座って、氏が合図をするとオーケストラのテープが流れてきた。静寂の中に響く音は自分のような素人でも心が動かされた。やはり一流のものは違う。

(つづく)
posted by ぜごん at 12:48| 広島 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 瀬戸内の奥深くへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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