2015年02月13日

富山〜仙台が3時間15分!

昨日見ていたニュースによると北陸新幹線開通で首都圏〜北陸の所要時間が大きく短縮されるが、同時に途中の大宮を経由して富山−仙台間が最短3時間15分になり、北陸←→東北という新たな旅行プランも可能になるという。ということは金沢〜仙台も3時間半くらいになるってことか!金沢出身の父が仙台の学生だった昭和40年代、磐越西線、新潟経由で急行を乗り継いで14時間かかっていたというからものすごい進歩である。
仙台から金沢に帰るのに、大抵到着するのが真夜中で、駅から実家までとぼとぼ歩いていると警官に呼び止められ、学生証を見せたけど信じてもらえず、駐在所で一夜を明かしたこともあるそうだ。今考えると時間の流れがゆったりした、おおらかな時代だったんだろうなあ(笑)。

e7.JPG
posted by ぜごん at 19:17| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月12日

夢の向こうに

昨日は、広島で研修があった。
終わってから、誘われてその人の行きつけのお店へ。

image-20140712113603.png

美味しい料理と久々に飲むお酒。いい気分になって帰宅し、お風呂に入っていると脇腹に鈍痛。
先々月からたびたび出る尿路結石である。
高校生の頃からの持病であり、さほど驚かないがやはり嫌なもので、先生からもらった座薬を冷蔵庫から出して使用。痛みに耐えながらソファに横になる。妻が心配して二階から降りて来たが事情を話し、そのままここで寝ることにした。
やがて酔いもあって眠気が襲い、気を失うように夢の中へ。どれだけ時間がたったのか、いつもと違い幸せな夢が次から次へと現れた。
気がつくと既に4時。脇腹の痛みは消えている。さほど寒くはなかったがベッドに戻った。
それから何時間寝ただろうか、太陽の光がカーテンのすき間から差し込んで来て、子供の明るい声で目が覚めた。夢の向こうに、幸せはまだ続いていた。
posted by ぜごん at 11:36| 広島 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月31日

雨の中のロウソクの火

10月30・31日で「憧憬の路」が開催された。僕は町並み保存センターの裏にいたが、時々写真を撮りに出かけたりして、あまり真面目にお手伝いしていたとは言い難かったかも知れない。

31日は朝から雨だった。午後4時半を過ぎた頃、多少小雨になったので、少々早かったが一緒の人と申し合わせて点火をすることにした。時折雨のしたたる中、点けては消え、点けては消えを繰り返しているうちに、あることに気が付いた。

どうも、消える原因というのが降ってくる雨のせいばかりじゃない、ということだ。降ってくる雨が火に当たって消えることは少なく、むしろロウソク本体に付いた水滴に火が当たったり、燃えているうちにそこまで達することが原因で消えているようなのだ。

だからチャッカマンの炎を多少長めに芯に当て、周りの水滴を蒸発させるようにして点火するとロウソクの火が比較的長持ちすることがわかった。

考えてみると人生というのも似たようなもので、外から降りかかってくる災難ばかりを気にする傾向にある。もちろんそれから身を守ることも大切であるが、実は自分の身の回りのこと、自分の内面の湿っぽい部分がうまく行かない原因だったりするのかも知れない、深まる秋の空気の中、そんなことをふと考えていた。
posted by ぜごん at 23:52| 広島 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月30日

猛暑の中、年金について考える。

『32年前死亡か 部屋に新聞 111歳男性遺体』

こんなニュースがテレビの中を駆けめぐっている。
この人は明治32年生まれだそうだ。

うちの母方のばあちゃんは明治33年生まれ。
平成13年に100歳で亡くなっている。
ということは婆ちゃんが生きてたら110歳なのか。

この10年で世の中はすっかり変わった。
100歳だけど大相撲で関取の名前はほぼ完璧に覚えていた。
98歳くらいまで台所に立っていた。
今の相撲界の不祥事を見たら何て言うだろうか。
100歳になった年の敬老の日、市長さんから記念品を贈られている写真が地元新聞に載った。この市長さんももうこの世の人ではない。

32年間、家族はどんな思いで押し入れの中の実の親を隠し続けてきたんだろうか。
時々恐る恐るチラ見してたんだろうか。想像するたびゾッとする。

読売テレビの辛坊さんが以前指摘していたように、年金受給の権利が失われるのを恐れて何十年も家族が死亡届を出さずにいる、といった事態はまだまだ探せば出てくるのかも知れない。

仕事で良く話をするお客さんは現在70歳代であるが、若い頃サラリーマンをしていて、その技術をもとに独立開業した。昔はそんなに年金年金と言わない頃で、気がついて掛け始めたときには遅く、遡って払っても受給には数年足りない状況だった。そんなとき社会保険事務所に行って加入履歴を調べたが、昭和30年代に勤めていた会社の履歴が3年ほどなかったのだ。

本人曰く実力を買って引き抜いてくれた人で、意図的に掛けない、というようなことがあるはずもない。定かではないが給料から天引きされていた記憶もある。その後息子さんが経営している山口県のその会社に問い合わせたのだが、もう既に資料と呼べるものは残っていなかった。第三者委員会にも相談をしてみたが、うまくまとまらなかった。

今は不景気で親会社から単価を極限まで下げられて営業を継続することも容易ではなかった。いつまでも「あるはずの権利」にしがみついている暇はなかったのだ。最終的に彼の下した判断は今の事業を法人化し、68歳になっても、69歳になっても掛け続けてとりあえずの受給権を確保する、といったものだった。それで今何とか年金をもらっている。

「消えた年金」の問題にしても今回の事件にしても行政がしっかりしていればかなりの部分で防げたに違いない。
あと、25年の要件もいくらか緩和して、もっと掛けた人が報われるような制度にしていかなければ、未納の問題も解決しないと思う。
正直言って、年金の免除者のために税金がどんどん注ぎ込まれるのも自分はあまりいい気がしていない。
何か画期的な解決方法ってないもんかね?
posted by ぜごん at 06:39| 広島 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月30日

歴史小説はあまり読まなかった。

僕の父親は大学で国際法を教えていた。

1987年、高校1年の時、ちょっとした病気で検査入院したときに、父のゼミの学生さんがお見舞いに来てくれて、暇をもてあましている僕に一冊の本をくれた。

司馬遼太郎「竜馬がゆく」の第一巻である。

当時僕は県外のラジオに夢中になっており、あまり本を読まなかった。ましてや歴史小説など、という感じで、その学生さんには悪かったが入院中は愚か退院してからも一冊も読み通すこともしなかった。

その後、4巻の途中、勝海舟が神戸に海軍塾を開いた頃に21世紀を迎えた。
それからはまったく開いてなかったが、今年、大河ドラマで「龍馬伝」が放送されるのを機に、久し振りにその4巻を開いてみた。「平成12年 発行」と書かれたその本は既に黄ばんで古臭い匂いがする。

その後得た予備知識も手伝って、今回は素直に読み進めることが出来た。不惑の年も近くなり、司馬さんのリズミカルな文体も小気味良く感じられるようになっていた。そのうち、ある記述に目が止まった。

同郷の藩士が龍馬に会ったとき、龍馬は短刀を差していた。その藩士が尋ねると、長刀では動きにくいだろう、と答えたそうで、その後藩士が短刀を手に入れて差していると、今度は龍馬は今はそんなのは時代遅れだ、とピストルを持っていた、というのだ。最後に藩士がピストルを手に入れて龍馬に会いに行くと、「ハハハ、俺は今は(武器じゃなくて)これだよ。」と万国公法(当時の国際法)の本を見せた、というのである。

この話は万国公法の部分からは事実かどうか分からないらしい。
しかし幕末、国を治めるのに武器より法律が有効な手段になってきた、いわば時代の変化を端的に伝えているエピソードである。

あの学生さんが僕に見せたかったのはこれだったのか、と思った。
父も専門の本以外、小説などほとんど読まなかったから、この話を知っているかどうかは分からない。
ただ父が一生かけて選んだテーマの意味がちょっとだけ分かったような気がする。
posted by ぜごん at 22:51| 広島 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月15日

e-Tax4年目でちょっと注意すべきこと。

家族の確定申告で今回も国税庁のe-Taxを利用した。
用紙の入力のしにくさは改善されてないが、毎年同じような入力なのでもう慣れてさほど苦労はしなかったが、いざ住基カードを入れて入力したらなぜか「期限切れ」の文字が表示された!

カード取得は平成19年3月2日となっており、カードの表面に書かれた有効期限は10年後の日付なので、まだまだ大丈夫だと思っていたが、どうも住基カードの期限というのが3年だったようで、今回3月10日頃に送信しようと思ったら「使えません。」と出てきた。

おかげで「これなら直接税務署に提出した方が早かったね。」なんて言われながら本人に頼んで、住基カードの更新をしてきてもらった。更新自体はものの30分ほどで済んだようで、その日の晩に新しいカードで認証(これはあっさりできた)、送信できたが、その後、再びエラーメッセージが返ってきた。

確認するとe-Taxソフトに用いる認証システム(いわゆるハンコ)はあらかじめ登録するようになっているが、カードを変えると再び更新する必要があり、それが済んでいないため、新しい住基カードじゃ認証できなかった、というのだ。
仕方ないので、e-Taxソフトを操作して何とか更新、その後決算書と申告書を送信することができた。

慣れたらどうってことないんだろうが、何年経っても相変わらず使いにくいシステムだ。
posted by ぜごん at 23:22| 広島 | Comment(2) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月30日

古典落語の醍醐味は

○不意をつかれた快感、非日常の安らぎ
○予想通り、期待通りストーリーが進んでいく達成感
○噺家の編み出す軽妙、絶妙なテンポ、リズム、間(ま)

よくまとまりきれてないが、そういうことだと思う。
この3つのどれが欠けても白けてしまう。
posted by ぜごん at 23:58| 広島 | Comment(0) | TrackBack(2) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月26日

ある決意

世の中にいる「そんなはずではなかった人生」を歩んでいる人に、

心の支えになりたい。
生き甲斐を見出させたい。
もう一度希望を持たせたい。

やたら風の強い休日の午後、新緑に溶け込みながら
ふとそんなことを考えていた。
自分も「そんなはずではない人生」を歩んでいる一人として。
posted by ぜごん at 13:29| 広島 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月14日

北朝鮮の数学の問題

あるサイトから抜粋。こんな問題やだ・・・。

(以下引用)
偉大なる指導者金正日元帥様の
賢明な指導により雄大荘厳で
華麗に建てられた統一通りに面している
ある学校の音楽室の面積は96uであり、
幅は長さより4m短い。
この音楽室の幅と長さを求めなさい。
posted by ぜごん at 12:38| 広島 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月31日

「積み荷のない船」

以前5月1日にビージーズの「若葉のころ〜First of May」のことを書いたが、
8月31日で真っ先に思い浮かべるのは井上陽水のこの曲だ。

とは言っても別に8月31日になんら関係があるわけではない。
どうも、この季節になるとこのメロディが頭に浮かぶのだ。

もともとは大沢たかお主演のドラマ「劇的紀行・深夜特急」のテーマソングだった。井上陽水の「ゴールデンベスト」のラストにも収められている。

8月の最後は、行く夏を惜しんで何にも考えずこんな曲に身を委ねたい。

    ◇  ◇  ◇

積み荷もなく行くあの船は 海に沈む途中
港に住む人々に 深い夜を想わせて

間に合えば 夏の夜の最後に
遅れたら 昨日までの想い出に

魚の目で見る星空は 窓に丸い形
旅ゆき交う人々が 時を楽に過ごすため

さよならは 雨の唄になるから
気をつけて 夢と夢が重なるまで


posted by ぜごん at 21:59| 広島 ☔| Comment(0) | TrackBack(1) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月30日

一つ思いを果たせるとしたら・・・。

「この胸いっぱいの愛を」という映画をDVDで観た。

最初に観ようと思ったきっかけは、ロケ地の門司の風景に触れたい、その程度だったと思う。
あと1986年という、その時代設定に何か引っかかるものがあった。

羽田発門司行きという、実際にはありえない航空機に乗り合わせた4人の乗客は、そろって1986年にタイムスリップしてしまう。
そこで4人はそれぞれ果たせなかった思いを果たし、会いたい人に会って去っていく、というストーリー。

主人公の比呂志は、幼い頃過ごした家の近所にいたお姉ちゃんにひそかに思いを寄せていた。
彼女は難病を抱えており、手術しないと死んでしまうという体で、手術をすれば重い後遺症が残るという。
そのお姉ちゃんは今までのようにバイオリンを弾けなくなるなら死んだほうがまし、と頑なに拒否して、帰らぬ人となった。

それをタイムスリップした主人公が説得し、彼女に生きる望みをつながせるのだ。
細かなツッコミどころはたくさんある映画だが、このあたりの描写はなかなか良かった。

   ◇   ◇   ◇

僕にも20年前、やり残したことが一つあった。

この映画と同じ、1986年の暮れのことだ。
僕は14歳、弟は12歳だった。

ある時、弟が本屋で面白い本を見つけた、と僕に教えてくれた。
当時木曜日にラジオで放送していた「ビートたけしのオールナイトニッポン」の投稿ネタを集めた本で、結構売れていた。

「今度市内(広島市内)に出たとき買って来てやるよ。」そんな約束をしたと思う。
年の瀬が押しせまった頃、本屋でこの本を見つけた。

確かに面白かったが、年が明けてお年玉をもらってからでいいかな、と思い、買わなかった。
まさかその4日後に弟が入院し、その後1週間で命を落とすとは夢にも思わなかった。

だからあの時代に戻れるなら、あの本を買い求めて、まだ元気だった弟と2時間でも笑い転げたい。
全然ロマンチックでもなんでもないが、人生の最後に一つだけやり直すことが出来るなら、迷わずこれを選ぶと思う。というか、その程度でいい。

それが叶ったら、死んでも後悔しないと思う。
posted by ぜごん at 22:27| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月08日

年3回の東京か、年1回の海外・・・

東京5日目。

これで結婚してたら、奥さん呼びつけて昼間は自由に遊ばせといて、夜は夜景の綺麗なレストランで一緒に食事でもしてるんだろうがな・・・。

田舎に帰ったばっかりの頃、将来自分が結婚したら年3回の東京か、年1回の海外旅行はしたいもんだな、と思っていた。

年3回、というのは別に東京じゃなくても、京都でも大阪でも温泉地でもいいのかも知れない。とにかく年3回くらいは旅行でもしたい、と思っていた。それか、海外旅行に行って異文化の中でゆったりとした時間をすごすのだ。

結婚したらそうまでお金の余裕がなくなるだろうが、ほかに贅沢はしなくていい。それぐらいの息抜きはしたいものだ。

またそのためにお金を捻出する方法も考えていく。決してできないことではないはず。

あともう一つやりたいことがある。
子供ができて、少し大きくなったら、知り合いから安い船を譲ってもらい、明神辺りに停泊させておく。(明神までは職場から10分くらいなので時々見に行くこともできる。)

7月くらいになると、船を走らせて、何家族か誘って無人島(阿波島か大久野島辺り)に出かけ、静かなプライベートビーチにいかりを下ろし、奥さんが子供の相手をしてる間、木陰にアウトドア用のテントを張って、波の音を聞きながら文庫本でも広げて柔らかな時間の流れの中を過ごす。

jet4.jpg
(イメージ)

船の免許は既に持ってるし、あとは相手だけだな。
まあそれが最大の難関なわけだけれど。
posted by ぜごん at 22:57| 広島 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月16日

国境を越えるラジオ放送

昨日のニュースで、横田さん夫妻や拉致被害者の家族の方が韓国に訪問した様子が放映されていた。
その中で韓国が北朝鮮向けに流しているラジオ放送があって、横田さんらが拉致被害者に向けてメッセージを収録している場面が出てきた。

南北は自由に行き来できないけど、ラジオの電波は国境を越えて届くんだな。

AM放送の電波は結構遠くまで届く。
以前北京に行ったとき、ラジオを持っていったのだが、ホテルの窓際に置いてダイヤルを回すと、福岡の九州朝日放送とRKB毎日放送がかなりクリアに入って来た。
ちょうどバルセロナオリンピックの選手の活躍を伝えていた。時報を聴くと、サマータイムの中国とはちょうど1時間時差があった。

かつてラジオ少年で、全国のAM局の周波数はほとんど記憶していたので、どこの放送局にあわせるのもさほど苦にはならなかった。

ゆっくりダイヤルを回すと、雑音の中で大阪の朝日放送と毎日放送とラジオ大阪も確認することができた。(これらの局はいずれも出力が50KW以上なので遠方まで届きやすい。)

中国と日本の距離を考えると、南北朝鮮の距離などたいした距離ではない。
もしかしたら日本のラジオも拉致被害者がこっそり聴いてるかも知れない。(以前北朝鮮では国営放送以外視聴できないようにチャンネルが固定されているとか、外国の放送に対して妨害電波を出して聴けないようにしていると聞いたことがあるが今もそんな感じなのだろうか?)

今回の家族の声も、何とか本人たちの耳に届けばいいよな。
posted by ぜごん at 21:31| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月08日

ETCの逆転現象?

連休中、高速に乗ることがあった。
降りるICはさすがに高速道路上まで渋滞ができていた。

インターのらせん状の道をゆっくり下っていったのだが、料金所の手前までたどり着いてみると、いつもと様子が違う。

ETC側の方が列が長いのだ。
よく見ると二つある出口のうち、一つは一般用で、もう一つ(通常はETC専用)のところが「一般/ETC」兼用になっている。

やはりETC側の方が早く出れるんじゃないかと人間は思ってしまうらしい。
一般の人も大挙して一般/ETC兼用側に流れて、列を作ってしまっている。

前方を見ていると、「ETC兼用側」に並んでいる人はほとんどがETC未設置で料金を払う人ばかりだ。そのため、さらに時間がかかってしまっている。

ETCのメリットってこういうとき一番感じられるのにね。

こういう時はいつも通り一方を「ETC専用」のままにしておいた方がはるかに流れが良くなるんじゃないかと思うのだが、どうだろうか?
posted by ぜごん at 12:56| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月13日

オールインワンシート作成ビジネス

ウェブサイトのコンテンツビジネスというのがあると聞いたことがある。
サイトのコンテンツ、つまり内容をどう盛り込んで、顧客を望むページまで導いていくか、そのノウハウだけで一つの仕事が成り立つのだ。

あんまり関係ないが、今の自分の仕事を前任者から引き継いだとき、何枚にも渡る申請書や届出書類に書く項目をお客さんに聞くのに、A4一枚のシートにまとめたものを受け取った。

それまでは聞き取ったことを稟議書に箇条書きにしていたらしいが、このシートがあると後は申請書類などにハンコを押してもらうだけなので非常に楽である。
時にはそのシートに直接記入してもらうこともある。

今は自分なりに改良して、何代目かのシートを使っている。

これのいいところは引き継いだ者が初心者でも、何が必要なのか、何を聞けばいいのか一目で分かってしまうことである。

また、この前任の人は器用な人で、さまざまな業務の流れを遂行しやすいようにいくつものファイルを作成していた。自分もそれに影響されて新しいものをいろいろ作ってみた。

ただ、これを業務の流れに応じて一から作ろうとすると結構大変である。
そこで、これを代行するサービスができないだろうか。

これには情報を適切に処理する能力だけでなくセンスも要求されると思う。
上手に作成しておくと仕事の能率がかなり向上する。
ニーズはあると思う。(それに見合う対価が得られるかどうかは別だが。)



・・・ってこんなのどこでもやってるか。(印刷会社とか)
でもこういったコンサル的要素に特化したら結構いけるかも知れない。
posted by ぜごん at 12:42| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月09日

パナマハットの男

ディビッド・ベノワの作品の中に「FREEDOM AT MIDNIGHT」というアルバムがある。(1987年発表。)

学生時代、所属していたサークルでこのアルバムの中の「Morning Sojourn」という曲を演奏する機会があり、CDを買い求めたのだが、その中の一曲、「The Man With The Panama Hat(パナマ・ハットの男)」が妙に気に入ってしまった。

当時は留守電の応答メッセージのBGMとしても使用していた。
何ともテンポがよくさわやかな、例えるなら梅雨の晴れ間に漂う空気のような、そんな感じの曲だ。
初めて聴いたのがそんな時期(ちょうど時計草の咲く頃)だったから、その影響もあるのかも知れない。

もし、このブログにテーマソングをつけるとしたら(つける必要があるのかどうかわからないが)迷わずこの曲を選ぶと思う。
発売されて20年近く経つが、全く色あせない魅力を持っている。


posted by ぜごん at 21:46| 広島 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月07日

「動画紙」とかできないですかね?

昔、雑誌の付録とかで、ちょっとごつめのシールかなんかで、角度を変えると写真や漫画が次々と変わるのがあったじゃないですか。

あれのコマ数をもっと増やして、パソコンの動画の中からコマをいくつかピックアップして、一枚の紙で動画を表現できるようにできないかな、と思う。

スポーツの試合の決定的な瞬間、冠婚葬祭など人生の大事な節目、といったここ一番の場面を一枚の動画にしてプレゼントなどに使ってもらうのはどうだろうか。一風変わった名刺としても使えるかも知れない。

もちろん家のパソコンなんかではできそうにないから、写真屋さんがSDカードやピクチャーカードなどで動画を預かったあと、加工して出来上がったものを返すようにする。

出来ればICチップなども埋め込んで、動画に入っている音声も何秒間か再生できればなおいいと思う。

低迷する写真屋さんの付加価値的なサービスとしていいんじゃないかな、と思います。
posted by ぜごん at 12:30| 広島 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月17日

消費税について思うこと。

今年の確定申告から個人事業者も消費税の対象が売上3000万円以上の人から1000万円以上の人に引き下げになったじゃないですか。

今回対象になるような人はもともと商売で消費税分を乗っけて売る、なんてしていなかった人が多かったわけで、今回初めて対象になって20万円だ30万円だと払うことになってビックリしている人が多いわけです。

そもそも消費税というのは、名目的には消費者から預かった消費税を事業者がまとめて(売上にかかる消費税から仕入・経費にかかる消費税を差し引いて)納付する、という形にはなってますけど、預かっている、という実感はあまりなくて、結局は事業者に負担をかけることになってるような気がするんですよね。

今回税金として納付されたお金は紛れもなく事業者の方の売上の中から捻出されたお金です。

国はその辺をわかってるんですかね。
中には消費税を払うために定期預金を取り崩して払おうか、なんて言ってる人もいるんです。
この時期に消費税率の引き上げなんか発表したら大変ですよ。

posted by ぜごん at 23:55| 広島 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月12日

恩(その2)

その後、Sさんの会社に労働基準監督署が調査に入った、という話を聞いた。
サービス残業の賃金不払いを初めとする多くの是正勧告が会社に課せられた。
通報したのは意外にもSさんの奥さんだった。
仕事に忙殺されている彼を見かねての行動だった。
通常、監督署は調査に入る時、内部からの通報があったことを知らせるようになっているようだ。
担当官は誰の通報であったかまでは明かさなかったが、話の内容からSさんが割り出されるまでにさほど時間はかからなかった。
それを知って、社長は激怒した。

労働基準法では会社の違反を通報した社員に会社が不利益を与えた場合、罰則がかかるようになっているが、かつて、いくつもの修羅場をくぐり抜けてきた社長のことだ。Sさんの過去の些細な失敗を穿り出してきて巧妙につつき回し、退職に追い込んでしまった。専務や課長が懸命に説得したが、報われなかった。
もちろん「一身上の都合による退職」の扱いである。

今、彼は職安の紹介で全く畑違いの会社に転職した、という話を聞いた。自分より二回りも若い上司に使われながら慣れない仕事をこなしている。パート扱いだから働く時間も短い。
前の会社で得た技術や資格はそれなりにあったが、既に中年期にさしかかった彼に、望む仕事はそうは転がっていなかった。

以前と比べて自分の時間ははるかに多くなったようだが、それが彼にとって幸せにつながったのかどうか、僕にはよく分からない。(おわり)
posted by ぜごん at 00:27| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月11日

恩(その1)

(今日、頭の中に浮かんできたストーリーを書き連ねてみる。
以下の内容は完全にフィクションです。)

僕がSさんと久しぶりに会ったのは、仕事帰りの電車の中だった。
彼とは町内会の集まりで一緒だったことがあり、せっかくだから、と最寄りの駅近くの居酒屋で一杯やることにした。

Sさんは僕より10歳くらい上で、とある中小企業に勤めている。
僕が「どうですか、仕事は?」と聞くと、最近新規の受注が増えたおかげで猫の手も借りたいぐらい忙しいという。
今日はたまたま早かったけど、毎晩10時より前に会社を出ることはないそうだ。

「ちょっとぐらい残業手当は出るんでしょ?」と聞くと、「いやあ」といって顔を曇らせた。

他の多くの会社と同じく、残業代が出ないのはもちろん、このところ休日出勤続き、家族サービスもままならない毎日だという。

「そんなの、監督署とかに言ってやればいいじゃないですか。」
というと、そのつもりはない、という。

「ワシ、高校出てから職を転々としとったんよ。そん時声をかけてくれたんが今の専務じゃった。何度かあった失敗も目ェつむっとってくれた。何にもできん俺をここまで育て上げてくれたんは今の会社なんよ。じゃけえこの会社には恩がある。仕事が増えて残業することはエエことよね。会社への恩返しじゃ思うとる。第一この仕事が一番好きじゃしね。それにお客さんが喜んでくれる顔見とったら疲れも吹っ飛ぶよ。」

そう言って穏やかに笑っていた。(つづく)
posted by ぜごん at 12:39| 広島 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする