2007年12月31日

主なき我が家にて

父がこの世を去って3週間あまり。
年末に母が父がほぼ書き終えていた年賀状の宛名をもとに喪中ハガキを書いた。

葬儀が終わった後もひっきりなしに届くご霊前やお供えとともに「知らなかった。脂の乗り切った時期だったのに。」「ただただ驚いています。」という内容の便りが送られてくる。

書いてくださる方は、慰めの意味で書いて下さっているのだろうが、毎日目を通す母親は、その一つ一つを読むたびに涙している。手紙の内容が心がこもっていればいるほどその度合いも増すようだ。

あれほどの仲間がいて、あと5年は仕事を続ける、と意気込んでいた(事実それだけのものを持っていた)父がなぜ、急な病で倒れなければならなかったのか。運命とはいえ酷すぎる。

「お前、いつまで冬休みだ?」「家にいないでどっか旅行にでも行って来いや。」
こんな声が今にも聞こえてきそうだ。

本来なら27日に帰ってくる予定になっていた。
なのに28日、29日・・・待っても帰ってこない。
ついに31日の日が暮れた。と共に言い知れぬ寂しさが襲ってきた。
夕方になっても真っ暗な父の書斎。

こんな年の瀬になるとは夢にも思わなかった。
このような運命を心から憎みたい。
ただ、どうしようにもなす術がない。
posted by ぜごん at 21:43| 広島 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月27日

夢は枯れ野を

12月初め、父親が亡くなった。

あまりに急なことで、今になってもまだ信じられない。
父が姿を消してしまったのは事実だが、僕の心の中の一部を占めていた部分も一緒に欠落してしまったようで、パーツの揃わないジグソーパズルのように情緒不安な日々が続いている。

下の動画は学校でも教わった「小さな木の実」だが、これを見ただけでも思い出して(´;ω;`)ブワッと泣き出してしまうような状態。



今回葬儀などを通して、父がいかにいろんな人に影響を与え続けてきたか、またいろんな人を気遣ってきたのか、が痛いほど分かった。ほとんど家庭では口にすることはなかったので、今まで知ることができなかったのが残念だ。

何かその話を肴に、父とまた一杯飲みたい気分。
posted by ぜごん at 21:29| 広島 | Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月29日

「明日の神話」の現物を見る。

連休中、ふらりと、本当にふらりと東京に出かけた。

水曜日くらいに決めて、ネットで往復の航空券を予約。
金曜日朝9時半の飛行機で羽田空港へ。

いくつか目的はあったが、その一つが今、広島市が誘致の要望を出している岡本太郎氏の「明日の神話」の現物を見たかったのである。

東京都現代美術館というところで、来年の4月まで展示されている、という話を聞いていた。
羽田からモノレールに、そこから地下鉄に乗って都営大江戸線の「清澄白河」という駅で降りる。

kiyosumi.JPG

そこから、下町風の町並みを歩き、深川飯のお店をいくつも横に見ながら15分ほど歩くと、そのモダンな建物はあった。

fukagawa.JPG

中に入ると、企画展の入り口があり、そこを通り抜けると常設展の入り口がある。

mot.JPG

「明日の神話」は常設展の3階、とのことである。500円を払って中に入る。

広島にも現代美術館はあるが、行ったことはなかった。
横尾忠則氏の作品やアンディ・ウォーホル氏の「マリリン・モンロー」など、おおよそ美術に疎い自分でも聞き覚えのある作品がたくさん展示されていて楽しめた。

一通り回って、3階に上がると、岡本太郎氏の作品がいくつかあり、そこを抜けると「明日の記憶」はあった。

日本テレビの特番で見たことはあったが、実際に目の前にしてみると、その大きさや色使いの迫力に圧倒された。しばらく言葉もなく立ちつくしてしまった。

あと、テレビでは分からなかったが、人物や動物など、細部も事細かに書かれていて、30分くらい見ていても飽きない。

一言では言い表せないけれど、「鮮やかな色使い」と「目付きの鋭さ」「人物の奔放な動き」こういった岡本氏の特徴が見事に強調された作品だな、と思った。

以前広島で「明日の神話を誘致しよう」といった署名をしている人がいて、僕も協力したことがあったが、本当に広島に呼ぶべきか、何だか分からなくなってしまった。

もちろん、この作品は原爆がモチーフになっている、ということから、広島に呼んで広島に来た人に今一度平和について考える機会にする、といった意義は充分にあると思う。

しかし、見た後の感想は、東京など、より多くの人がこの作品に触れてもらう環境に置いておくほうがふさわしいのではないか、そんな気がしてきたのである。

美術館を後にして、その足で表参道の「岡本太郎記念館」にも行ってきた。

okamototaro.JPG

ここは生前の彼のアトリエを改造して作った施設で、作業場やリビングが当時のままに再現されており、二階には彼の象徴的なメッセージとともに作品がいくつか展示されている。

ここは作品を鑑賞すると同時に、彼の作品や魂のこもったアトリエ、そして残した言葉に触れてください、そんな感じの施設だった。

「私は絶望を、新しい色で塗り、きりひらいて行く。
   絶望を彩る事、それが芸術だ。」


ある作品の傍らにはこんな言葉があった。
これはそのまま「明日の記憶」にも当てはまるな、と思った。
戦争で打ちのめされながらも、ほとばしるような生命の息吹を感じて欲しい、そんなメッセージが充分伝わってきた。

次回はこの作品をどこで見ることになるのだろうか?
posted by ぜごん at 22:58| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月26日

11/23〜25 東京旅行メモ

11月23日(金) 22328歩

羽田空港10:45着→浜松町・大門→

清澄白河・東京都現代美術館「岡本太郎・明日の神話」
千駄木・いせ辰(谷中)
表参道・岡本太郎記念館(南青山)

表参道→渋谷→日吉

11月24日(土) 13459歩

日吉→中目黒→東日本橋→浅草→東武日光

日光東照宮(三猿・陽明門・眠り猫・鳴龍ほか)

東武日光→浅草(夕食)→渋谷→日吉

11月25日(日) 21707歩

日吉→横浜→桜木町〜汽車道経由(徒歩)〜

海上保安資料館横浜館(北朝鮮工作船)
横浜大さん橋・飛鳥U(日本籍で最大の客船)
神奈川県庁横の銀杏並木の紅葉

日本大通り→横浜→新橋

新橋・せとうち旬彩館(昼食:釜玉生醤油うどん)

新橋→浅草

隅田川水上バス(浅草吾妻橋〜日の出桟橋)

日の出→《ゆりかもめ》→汐留→六本木

東京ミッドタウン・ガレリア

六本木→大門・浜松町→羽田空港(18:30発)

合計  57494歩(1歩60pとして約34.5q)
posted by ぜごん at 21:09| 広島 | Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月02日

バブルの片隅で

『バブルへGO!!タイムマシンはドラム式』のDVDを借りてきた。

ある意味コメディである。時代考証とかはそれほど厳密ではなく、展開もテンポ重視でかなりいい加減。ただそのいい加減さがかえって快感、笑わせるところは満載で、最後は大ドンデン返し、意外な結末に思わず失笑してしまった。

この映画の時代、1990年3月というと、僕は大学の進学がひとまず決まり、新生活に心を躍らせていた頃だ。

大学受験の合間に、ちょっと立ち寄った西新宿の高層ビル街は、まだ都庁が8合目くらいまでしかできていなかった。最上階ではクレーンが休む間もなく鉄骨を積み上げていた。

大学に入って、まもなく落語研究会に入った。高校時代ラジオの深夜番組に面白い葉書を書いて、そこそこ採用されていたから、何か自分でネタを書いて勝負したい、というような思いがあった。今考えると本当に世間知らずだったと思う。

それから一年間、先輩たちに連れられるまま都内の寄席や演芸場に入り浸った。柳家小さん師匠や古今亭志ん朝師匠といった、今はもう見られない名人芸を間近に見ることができた。その後は夜の街に繰り出して終電近くまで覚え始めのお酒に酔っていた。思えばその頃見た賑やかな繁華街がいわゆるバブルの風景だったのだろう。(そんな実感
は全くなかったが。)

一度落研の友人とあるイベントのためにコントグループを結成したことがある。自分たちで考えたネタをステージの上で披露した。なかなかいい気分だった。帰りがけにスポンサー企業から山のように賞品をもらった。たかが学生相手のイベントに企業がこんなにお金を出してくれるなんて、ちょっと意外な感じもした。これもバブルだったのだろうか?

大した大学ではなかったが、その頃一緒に遊んでいた先輩たちは放送局、航空会社や都市銀行などに次々と就職を決めていった。

やがて落研の同学年の友人たちと申し合わせて、集団でサークルを飛び出してしまう。古い体質に嫌気がさした、というか、気の合う仲間だけで楽しく気楽にやりたかったのだ。それが僕の1990年である。まだ18歳だった。

それから程なくバブルは崩壊。後は目を覆うばかりのジェットコースターのような学生生活を送ることになるのである。その話はまた別の機会に。
posted by ぜごん at 00:52| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月30日

時計草は咲くのか?

最後の書き込みから約2ヶ月経った。
朝晩すっかり寒くなってきた。
これから紹介するのは、この2ヶ月、庭を彩った植物です。

秋といえば強烈な香りをさせるキンモクセイの花。
Dsc03320.jpg

名も知らぬ花(1)
Dsc03321.jpg

名も知らぬ花(2)
Dsc03324.jpg

名も知らぬ花(3)
Dsc03329.jpg

こんな可憐な花も咲いているのだ。
家族に聞くと植えた覚えはないという。
どこかに種が混じっていたのだろうか?
Dsc03330.jpg

セイロンベンケイソウは、相変わらず茂っている。
Dsc03325.jpg

時計草は、相変わらず咲いていない。
多年草、と聞くが、いつか花を付ける日が来るのだろうか?
来年はいろいろ工夫して、ぜひ咲かせたい。

Dsc03326.jpg
posted by ぜごん at 00:15| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月02日

時計草105日目〜収穫祭〜

今日は時計草ではなくだだちゃ豆のことから書いていく。

だだちゃ豆が結構育ってきたので良さそうなものを摘み取ってきた。
だだちゃ豆といったらやっぱりこれである。(量は少ないが。)

dadachamame070902.jpg

食べてみると、枝豆とは違う深みのある味。やはりだだちゃ豆だ。
ちょっと苦味があるのが気になる。

dadacha070902-2.jpg

中身も結構詰まっている。

時計草も場所を移してから変化が現れた。
少しずつ新しい枝が伸びてきているのだ。
やはり前は石の上に置いていたので熱でやられたのか。

tokei070902.jpg

この画像からはよく分からないが、枝の付け根につぼみのようなものも見える。

tokeiup070902.jpg

セイロンベンケイソウは葉っぱの節々から出ている芽が次々取れて、地面に根を下ろし始めた。

benkei070902.jpg

下が石だからいまいち根付けずにいるが、これを土の上に植えておけばまだ第二第三の葉っぱが育ってくるはずである。

思えばこの巨大な葉っぱも元は小さな芽の一つだった。
posted by ぜごん at 23:39| 広島 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月26日

時計草98日目。

時計草98日目。いつの間にか100日である。

葉っぱが茶色くなったり落ちたりする症状は治まらないので、先週場所を移してやった。
今度は家の軒下、クーラーの室外機の近くである。

tokei070826-2.jpgtokei070826.jpg

次は今週のセイロンベンケイソウ。
ここだけ小さな熱帯のジャングルである。

benkei070826.jpg

だだちゃ豆は実も色付いて熟してきた。
今考えるとちょっとでも収穫して食べても良かったかも。

dadacha070826.jpg

だだちゃ豆の足元には、季節を忘れたパンジーが顔を出していた。
知らないうちに種が混じっていたのか。

pansy070826.jpg

また、最近になって再びあちこちで花が咲き出した。
これはトルコキキョウ。鮮やかな青と白である。

kikyou070826.jpg

こちらはヤマユリ。これもどこかに種が混じっていたらしい。
今の時期、河川敷やそこらへんの空き地など、至るところで咲いているのを見ることが出来る。
自然に生えてきたにしては可憐な花である。

yamayuri070826.jpg
posted by ぜごん at 23:32| 広島 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月19日

時計草91日目。

今日の時計草。
葉っぱが黄色くなり、巻きついてる弦も心なしか元気がなさげだ。

tokei070819.jpg

水をやるのを朝と晩にしてみたり、いろいろ考えてみるが、今のところ原因がつかめず。

次はだだちゃ豆。こちらはもう僕らのイメージする枝豆の実ができています。

dadacha070819-2.jpgdadacha070819.jpg

一時は食べようかと思ったが、もうしばらくこのままにして種を取ってもいいかな、と考えている。
人に聞くと先のほうの葉っぱを取ってしまった方が実が大きくなるそうだ。(栄養が葉っぱでなく実の方に集中するかららしい。)

お次はセイロンベンケイソウ。
もはや地球外生物のような成長振りである。

benkeisou070819.jpg

家族とも話していたのだが、どうもクーラーの室外機から発せられる熱気が非常に成長にプラスになったのではないか、と思うのである。
現にクーラーをかけている時はこの回りは熱気が渦巻いている。

何かこの葉っぱ、最近よく見るこいつに似ているような気がする。

ticketikochan.gif

そういえばJR西日本のICOCAは広島地区は9月1日から使用開始と決まったそうだ。

目新しい話題といえば、もうひとつ。多山文具のところの「本通ヒルズ」。今日たまたま近くを通ると、8月24日オープン、と書いてあった。

hondorihills070819.jpg

今日は夕方からものすごい雷と夕立だった。
そういえばこの間の台風5号以来、夕立も降ってなかったな。
蒸し暑かった町が一瞬でひんやり涼しくなった。
posted by ぜごん at 23:00| 広島 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月12日

時計草84日目。

時計草はこのところ元気がない。

tokei070812.jpg

相変わらず花の付く気配はないが、葉っぱも下の方が黄色く、時々ぽろぽろと取れて地面に散らばっているのだ。

tokeinohappa070812.jpg

だだちゃ豆も、このところの暑さか、葉っぱに以前ほどのボリュームがなくなっている。

dadacha070812.jpg

ただこっちは実がどんどん大きくなっている。
この調子でいけば、あと何日かで食卓へ載りそうだ。

dadachanomi070812.jpg

セイロンベンケイソウは実はまだそのままにしている。
所狭しと葉っぱが伸びている。

benkeisou070812.jpg

昨日、広島市内で健康診断を受けてきた。
バリウムなんかも飲んだが、胃は健康そのものだそうだ。
それよりちょっと高血圧なのが心配らしい。

kenshin070812.jpg
(ひさびさに乗った路面電車。このあたりの病院です。)
posted by ぜごん at 23:39| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする